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18  地底湖にて

Penulis: KAZUDONA
last update Terakhir Diperbarui: 2025-11-22 15:50:24

「あ、戻って来た。カリナちゃーん!」

 死者の間の祭壇から帰還して来るカリナを見つけたエリアは、安堵の表情で手を振った。

「もう用事は済んだのか?」

 ロックは口に何かを入れた状態で、手にはサンドイッチが乗せられている。

「ああ、一応な。ってなんだ、食事中だったのか」

 持ち込んだ食材をセレナとアベルが手際よく料理している。それをヤコフを含めた他の面々が食べているところだった。エリアもアイテムボックスから次の食材を取り出しているところだった。

 元NPCであっても冒険者はアイテムボックスを使うことができるのかということをカリナは初めて知った。確かにこの迷宮に挑むとき、彼らは大した荷物を持っていなかった。それはこういうことだったのかとカリナは得心した。

「食事は簡単なものだが、一応拘ってやっているんだ。冒険中には腹が空くこともある。食べるってのは活力を回復させるのには一番だからな」

「そういうこと。まあそんなに手の込んだ料理は作れないけどね」

 アベルとセレナは起こした火の上で薄い肉や野菜を焼いて、それをパンに挟んでいる。香ばしい肉の焼ける匂いが、アンデッドの腐臭を一時的に忘れさせてくれる。そう言えば、もう迷宮に入ってそれなりの時間が経つ。昼を回っている頃だ。カリナは自分も多少小腹が空いていることに気付かされた。

「ほら、カリナ嬢ちゃんも食べな。飲み物はお茶を沸かしてある」

「そうだな、お前達が食べているのを見ていたら小腹が空いて来た。じゃあ頂こうかな」

 アベルから熱々のサンドイッチとお茶を受け取り、地べたに座り込む。簡単な食事だが、活力が体の芯から湧いて来るのを感じる。現実の冒険であれば当然のことだが、途中で補給を行う必要がある。VAOがゲームのときにはなかった現実的な問題である。これも世界が変わった影響で、今後もこういった発見があると思うと、カリナは内心ワクワク感が湧き上がって来るのを感じた。

「ヤコフ、ちゃんと食べているか?」

「うん、さっき貰ったから食べたよ。美味しかった」

「そうか、良かったな」

 魔物をヒルダが一掃したので、辺りにはもう何の気配もない。時間が経てばリポップすることになるのだろうが、暫くは問題ないだろう。渡されたカップに注がれたお茶を啜りながらカリナはそう思った。

 食事を終え、少し休憩した後、一同は地底湖のある階層に進むことに決めた。普段は何も出現しない、鍾乳洞の氷柱が神秘的な地底湖である。だが、まだヤコフの両親は見つかっていない。カリナはこの下に必ず何かがあるに違いないと、気を引き締めた。

 湿った冷気と共に、カビと水の匂いが混ざった独特の空気が漂う。階段を降りて来た先には小さな地底湖が中心にあるエリアだ。小さいとは言え、水たまり程度ではない。それなりの大きさがあり、暗い水面はどこまでも深く続いているように見える。  

 ホーリーナイトにヤコフの守護を命じて、探知スキルを発動させる。するとやはり反応がある。三つの反応があったが、その内二つの反応はやけに弱々しく、今にも消え入りそうだ。

「探知に反応がある。反応は三つ。だが二つはかなり弱っている反応だ。……気を付けろ、何かが潜んでいるぞ」

「この付近を調べましょう。確かに何かの気配を感じるわ」

 エリアの声に緊張が走り、一同は周囲を警戒し始める。カリナは探知の反応があった湖の岸辺付近、その中で一番反応が大きく、そして禍々しい気配を放つ何者かに向けて、魔法で氷のつぶてを創り出し、投げつけた。アイス・ヴァレットの弾丸が湖の浅瀬に炸裂し、水しぶきを上げる。

「やはり来たか……。それなりの実力がある冒険者がこの迷宮のアンデッド如きに後れを取ることなど早々ないからな」

 水面が盛り上がり、浅瀬の中からゆっくりと浮上する巨大な黒い影。5mはありそうな体躯を覆う赤黒い甲殻のような鎧。背中からはコウモリの様な不気味な飛膜の翼が広げられ、水滴を弾く。赤くギラついた両目に大きく裂けた口には何本もの鋭利な牙が並ぶ。そして何より側頭部からは天を突くように伸びた鋭い二対の角。両手には人の身の丈程もある巨大な死神の鎌を手にした異形の姿。悪魔である。

「な、そんな、なんでこんなところに……!」

 ロックが驚愕の声を上げる。悪魔が体から発する、肌を刺すような禍々しい魔力のオーラに気圧されたのだ。

「なんて重厚でどす黒い魔力……。これが悪魔なの?」

「噂には聞いていましたが、本物を見るとさすがに恐ろしくなりますね……」

「ちっ、なんて威圧感だ。空気が重たい」

 悪魔の魔力の圧に当てられたシルバーウイングの面々は腰が引け、後退る。だが、そんなものは物ともせず、カリナが一歩前に出て問いかける。

「貴様はここで何をしている。ヤコフの両親を何処へやった?」

 此方の反応を一頻り観察した悪魔が、醜悪な笑みを浮かべてその口を開く。

「クカカカカ、またしても生きのいい人間共が現れるとは。これは僥倖。して、小娘よ、貴様の言う者達とはこいつらのことか?」

 悪魔が指を弾くと、地面の中から影でできている様な黒い泥の手が無数に伸び、それに縛られた二人の大人の冒険者がずずずと浮かび上がって来る。剣士の男性と僧侶の法衣に身を包んだ女性である。影の手が脈打ち、彼らの身体から少しずつ精気を奪っている。カリナはあの腕がライフ生命力スティール強奪の魔法であると見抜いた。一瞬で奪い取るのではなく、少しずつ時間をかけて真綿で首を絞めるように生命力を奪い取り、苦痛と絶望を味わわせているのだ。

「悪趣味な……」

 カリナは悪魔との邂逅とその下卑たやり口に憤りを覚えたが、すぐさま冷静になり、左耳の魔法イヤホンに魔力を注いだ。カシューと連絡を取るためである。

「聞こえるか、カシュー?」

『ちゃんと聞こえてるよ、どうしたんだい? どうやら緊迫した状況のようだね』

「細かい話は聞きながら推察してくれ。悪魔と接敵した。なるべく情報を聞き出す。口は出さずに聞くことに専念してくれ」

『了解した』

 カシューは此方の状況を理解すると、口を出さないように切り替えた。カリナとのやり取りから少しでも悪魔の情報を引き出すためである。

「生きのいい人間を襲っているようだが、何が目的だ? まあいい、先ずはその二人を返してもらうぞ」

 指先だけで二人の足元にシャドウナイトを二体召喚すると、その黒い大剣がライフ・スティールの魔法の腕を一閃のもとに斬り裂く。そして落下して来た二人を抱きかかえると、黒騎士達は瞬時にカリナの後方へと帰還して来た。

「速い! 何という鮮やかさだ」

「感心するのは後よ、ジェラールさん達を助けないと!」

 構えを崩さないアベルの後ろで、エリアとセレナは黒騎士が抱えている二人の容態を観察する。顔色は土気色で呼吸も浅い。極度の衰弱状態だ。このまま治療しなければ衰弱死する可能性が高い。

「カカカッ、ほう……こいつは面白い。我の魔法から一瞬で二人共救出するとは。折角我が王への贄にしてやろうと思っていたのだがな」

「贄だと? 我が王とは誰だ? 貴様は何のために人間をここで待ち伏せていた?」

 少しでも情報を聞き出すために、カリナは時間を稼ぐ。

「まあいい、貴様らを全て贄とすれば我が王も喜びになろう。先ずは小娘、貴様から我の相手になるとでもいうのか?」

「ちっ」

 会話が上手く成立しない。やはり悪魔との意思疎通は難しいのかもしれない。

「もう一度問う。貴様の言う王とは誰のことだ?」

「カカカ、小娘よ、貴様が知る必要などない。この世界は次期にあのお方のものになるのだからな。さあ、先ずは貴様らを我が王の贄としてやろう」

 やはり答える気はないらしい。それに向こうは既に臨戦態勢に入っている。膨れ上がる殺気が肌を焼くようだ。

「仕方ない。少々痛めつけてやるしかないか……。お前達、戦えるか?」

 カリナの問いにまともに答えるものはいなかった。情況的にもヤコフの両親を放っておくわけにもいかない。黒騎士に抱きかかえさせていた二人を降ろすと、その二体をカリナは自分の前方に配置する。

「全く戦えないとは言わないが、自分の命を省みないことにはなるだろうな」

「全くだ。こんな化け物と対峙しているだけで足が震えやがる」

 上級冒険者であるアベルもロックも、武器を構えて相手の出方を待つのに神経をすり減らしている。二人共それなりにこれまで修羅場は潜り抜けて来たつもりだったが、目の前にいる悪魔の圧力はこれまでに経験したことがない、生物としての格の違いを見せつけられるものだった。何もしていないのに冷や汗が吹き出し、顔や全身を伝う。

「私達は無理よ。この二人の容態を見ないと、衰弱死してしまうわ!」

「一刻も早くこの場から撤退するべきです! ヤコフ君もいるんですよ!」

 エリアとセレナの判断は冷静で現実的だった。ヤコフの両親の状態も危ない。そして自分達が加わったところで、無駄な犠牲が増える可能性も高い。ヤコフを守るホーリーナイトがいるが、それを意識の外にして戦うのは危険なだけだと二人は判断したのだ。

「わかった。巻き込んだのは私だからな。お前達はヤコフの両親を連れて下がっていろ。私が一人でやる」

 カリナが目を閉じ集中すると、全身から黄金色の魔力と白銀の闘気が激しく迸る。その光景を直ぐ後ろで見たアベルとロックは余りのオーラに慄いた。自分達よりも遥かに年下で小柄な少女が漲らせた闘気と魔力の渦に、悪魔の瘴気が押し返されたのだ。

 この死者の迷宮に同行したのも、いざとなればこの少女と少年を担いででも撤退する必要があると思い込んでいた。それが現実はどうだ、目の前にいる少女はここにいる誰よりも闘争心を漲らせて、強大な悪魔に立ち向かおうとしている。このままここにいては自分達の方がこの少女の邪魔になるかもしれない。そんな思いが渦巻いたとき、セレナの声が響いた。

「二人共早く引いて! 私達がいたらカリナちゃんが全力を出せない可能性があるわ!」

「わかった……」

「すまねぇ……、ここは退かせてもらう。だがあの二人は絶対に助けるからな。だから死ぬんじゃねえぞ、カリナちゃん!」

 エリア達の下へと退いて行ったアベルとロックをちらっと見ると、改めて悪魔と向き合い、素手の格闘術の構えを取る。

「ほう、小娘。貴様一人で我とやるというのか? クカカカカッ、笑わせてくれる。だがその前に名乗らせてもらおう。我は悪魔侯爵が一人、イペス・ヘッジナ。偉大なる我が王に仕える者の一柱である。人間の小娘よ、貴様の名を聞いておいてやろう」

 恭しく頭を垂れて気品に満ちた挨拶をする異形の存在。彼らには悪魔とは言え、貴族としての矜持が存在する。そしてその気位の高さは序列の高さに比例する。それでも悪魔の矜持など、人間からすれば下卑た卑劣極まるものでしかないのだが。

 悪魔の侯爵は上から二番目の序列である。この世界に来てから斃した悪魔は子爵と伯爵。彼らよりも遥かに格上の存在に当たる。果たして今の自分の力で相対できるのか、カリナには疑問もあった。相手のステータスが見えないというのはゲームでの感覚とは明らかに異なる。だが、ここでこいつを見逃せば、或いは自分が負ければ、後ろにいる者達まで死に追いやるということに繋がる。だというのに、カリナの心は恐怖ではなく、武震いのような高揚感で溢れていた。

「私はカリナ。見ての通りの召喚士だ。侯爵イペス・ヘッジナと言ったか、私が勝ったら洗いざらい吐いてもらうぞ」

 カリナがそう言うと同時に、配置していた黒騎士二体がイペスの巨体へと襲い掛かった。その大剣による連撃を、イペスは両手に持った鎌で軽々と捌く。そして流れるような動きで一体の黒騎士に向けて大鎌を振り被る。その一撃を大剣で防御したが、足元の地面がその衝撃に耐え切れずに崩れる。その隙を見逃さなかったイペスはその黒騎士の兜の右側に強烈な蹴りを放つと、黒騎士は弾丸のように湖の中に吹き飛ばされた。  

 もう一体の黒騎士の攻撃を大鎌の柄で受けると同時に受け流し、カウンター気味に大鎌の切っ先が黒騎士の胴体を捉え、抉る。残っていた黒騎士も、屑籠に放り込まれるゴミのように湖の方へと吹っ飛ばされた。

「召喚士か、ならばこれでもう召喚体はいまい。勝負あったな」

 イペスが勝利を確信し、嗤う。

 シルバーウイングの面々はヤコフの両親、剣士ジェラールと僧侶のクリアを運んで、この層に降りて来る階段の影にまで移動していた。衰弱状態の二人にエリアがライフポーションを飲ませ、セレナが気つけ薬を与えていた。そして悪魔との戦いを見ていたアベルにロック、ヤコフはシャドウナイトが二体共吹き飛ばされる瞬間を目にした。

「おいおい、あの黒騎士が……」

「マジかよ、何て強さだ。大丈夫なのかカリナちゃん……」

「……。大丈夫! カリナお姉ちゃんは僕を守ってくれるって約束してくれたんだ。絶対に負けないよ。お父さんとお母さんも助けてくれたんだから!」

 ヤコフが泣きながらも強く答えたのに対して、二人は「そうだな」と相槌を打った。

「今はカリナ嬢ちゃんを信じよう。我々はヤコフの両親を必ず助けなければ」

 黒騎士が二体共湖に吹き飛ばされたカリナだったが、召喚体を倒したと思い込んで粋がる悪魔に対して、一切の動揺を見せず、意を決して駆け出した。格闘術、瞬歩しゅんぽ。一瞬で距離を詰め、懐に潜り込む。驚愕に見開かれるイペスの眼前に、カリナの姿が現れる。左手で腰の捻りを極限まで入れた掌底を、イペスの脇腹に深々と捻じ込んだ。格闘術、龍掌底りゅうしょうてい。一撃に見える掌底から、二重三重と波状に繰り出された衝撃波が悪魔の強固な鎧を透過し、脇腹の内臓を抉った。

「ぐはあ!? き、貴様! 何をした!?」

 飛び退き後ろに距離を取るイペスの顔には、召喚体を潰されたのに素手で飛び込んで来た少女の、意表を突いた奇妙かつ強烈な一撃に苦悶の表情が浮かんだ。

「軽く小突いただけだ。そういきり立つなよ」

 カリナはふてぶてしく笑って見せる。聖衣ドレスを纏っていない状態での悪魔との接近戦はこの姿では初だったが、カリナは「いける」という確かな手応えを今の一撃で掴んだ。

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