Share

18  地底湖にて

Penulis: KAZUDONA
last update Terakhir Diperbarui: 2025-11-22 15:50:24

「あ、戻って来た。カリナちゃーん!」

 死者の間の祭壇から帰還して来るカリナを見つけたエリアは、カリナの方へ向かって手を振った。

「もう用事は済んだのか?」

 ロックは口に何かを入れた状態で、手にはサンドイッチが乗せられている。

「ああ、一応な。ってなんだ、食事中だったのか」

 持ち込んだ食材をセリナとアベルが料理している。それをヤコフを含めた他の面々が食べているところだった。エリアもアイテムボックスから次の食材を取り出しているところだった。NPCであっても冒険者はアイテムボックスを使うことができるのかということをカリナは初めて知った。

 確かにこの迷宮に挑むとき、彼らは大した荷物を持っていなかった。それはこういうことだったのかとカリナは得心した。

「食事は簡単なものだが、一応拘ってやっているんだ。冒険中には腹が空くこともある。食べるってのは活力を回復させるのには一番だからな」

「そういうこと。まあそんなに手の込んだ料理は作れないけどね」

 アベルとセリナは起こした火の上で薄い肉や野菜を焼いて、それをパンに挟んでいる。最初にロックが手にしていたのはこれだったのかとカリナは知った。そう言えば、もう迷宮に入ってそれなりの時間が経つ。昼を回っている頃だ。カリナは自分も多少小腹が空いていることに気付かされた。

「ほら、カリナ嬢ちゃんも食べな。飲み物はお茶を沸かしてある」

「そうだな、お前達が食べているのを見ていたら小腹が空いて来た。じゃあ頂こうかな」

 アベルからサンドイッチとお茶を受け取り、地べたに座り込む。簡単な食事だが、活力が湧いて来るのを感じる。現実の冒険であれば当然のことだが、途中で補給を行う必要がある。VAOがゲームのときにはなかった現実的な問題である。これも世界が変わった影響で、今後もこういった発見があると思うと、カリナは内心ワクワク感が湧き上がって来るのを感じた。

「ヤコフ、ちゃんと食べているか?」

「うん、さっき貰ったから食べたよ。美味しかった」

「そうか、良かったな」

 魔物をヒルダが一掃したので、辺りにはもう何の気配もない。時間が経てばリポップすることになるのだろうが、暫くは問題ないだろう。渡されたカップに注がれたお茶を啜りながらカリナはそう思った。

 食事を終え、少し休憩した後、一同は地底湖のある階層に進むことに決めた。普段は何も出現しない、鍾乳洞の氷柱が神秘的な地底湖である。だが、まだヤコフの両親は見つかっていない。カリナはこの下に必ず何かがあるに違いないと、気を引き締めた。

 階段を降りて来た先には小さな地底湖が中心にあるエリアだ。小さいとは言え、水たまり程度ではない。それなりの大きさがある。ホーリーナイトにヤコフの守護を命じて、探知を発動させる。するとやはり反応がある。三つの反応があったが、その内二つの反応はやけに弱々しい。

「探知に反応がある。反応は三つ。だが二つはかなり弱っている反応だ。気を付けろ、何かが潜んでいるぞ」

「この付近を調べましょう。確かに何かの気配を感じるわ」

 エリアの声に一同は周囲を警戒し始める。カリナは探知の反応があった湖の岸辺付近、その中で一番反応が大きかった何者かに向けて魔法で氷のつぶてを創り出し、投げつけた。アイス・ヴァレットの弾丸が湖の浅瀬に炸裂する。

「やはりいたか……。それなりの実力がある冒険者がこの迷宮のアンデッド如きに後れを取ることなど早々ないからな」

 浅瀬の中からゆっくりと浮上する黒い影。5mはありそうな体躯に赤黒い鎧。背中からはコウモリの様な不気味な翼。赤くギラついた両目に大きく裂けた口には何本もの牙。そして何より側頭部からは上部に向けて伸びた鋭い二対の角。両手には巨大な死神の様な鎌を手にした異形の姿。悪魔である。

「な、そんな、なんでこんなところに……!」

 ロックが驚愕の声を上げる。悪魔が体から発する禍々しい魔力のオーラに気圧されたのである。

「なんて重厚でどす黒い魔力……。これが悪魔なの?」

「噂には聞いていましたが、本物を見るとさすがに恐ろしくなりますね……」

「ちっ、なんて威圧感だ」

 悪魔の魔力の圧に当てられたシルバーウイングの面々は腰が引ける。だが、そんなものは物ともせず、カリナが問いかける。

「貴様はここで何をしている。ヤコフの両親を何処へやった?」

 此方の反応を一頻り観察した悪魔がその口を開く。

「クカカカカ、またしても生きのいい人間共が現れるとは。これは僥倖。して、小娘よ、貴様の言う者達とはこいつらのことか?」

 地面の中から影でできている様な腕に縛られた二人の大人の冒険者が浮かび上がって来る。剣士の男性と僧侶の法衣に身を包んだ女性である。影の手が彼らの身体から少しずつ精気を奪っている。カリナはあの腕がライフ生命力スティール強奪の魔法であると見抜いた。一瞬で奪い取るのではなく、少しずつ時間をかけて生命力を奪い取っているのである。

「悪趣味な……」

 カリナは悪魔との邂逅とその下卑たやり口に憤りを覚えたが、すぐさま冷静になり、左耳の魔法イヤホンに魔力を注いだ。カシューと連絡を取るためである。

「聞こえるか、カシュー?」

「ちゃんと聞こえてるよ、どうしたんだい? どうやら緊迫した状況のようだね」

「細かい話は聞きながら推察してくれ。悪魔と接敵した。なるべく情報を聞き出す。口は出さずに聞くことに専念してくれ」

「了解した」

 カシューは此方の状況を理解すると、口を出さないように切り替えた。カリナとのやり取りから少しでも悪魔の情報を引き出すためである。

「生きのいい人間を襲っているようだが、何が目的だ? まあいい、先ずはその二人を返してもらうぞ」

 指先だけで二人の足元にシャドウナイトを二体召喚すると、その黒い大剣がライフ・スティールの魔法の腕を斬り裂く。そして落下して来た二人を抱きかかえると、黒騎士達は瞬時にカリナの後方へと帰還して来た。

「速い! 何という鮮やかさだ」

「感心するのは後よ、ジェラールさん達を助けないと!」

 構えを崩さないアベルにエリアとセリナは黒騎士が抱えている二人の容態を観察する。極度の衰弱状態。このまま治療しなければ衰弱死する可能性が高い。

「カカカッ、ほう……こいつは面白い。我の魔法から一瞬で二人共救出するとは。折角我が王への贄にしてやろうと思っていたのだがな」

「贄だと? 我が王とは誰だ? 貴様は何のために人間をここで待ち伏せていた?」

 少しでも情報を聞き出すために、カリナは時間を稼ぐ。

「まあいい、貴様らを全て贄とすれば我が王も喜びになろう。先ずは小娘、貴様から我の相手になるとでもいうのか?」

「ちっ」

 会話が上手く成立しない。やはり悪魔との意思疎通は難しいのかもしれない。

「もう一度問う。貴様の言う王とは誰のことだ?」

「カカカ、小娘よ、貴様が知る必要などない。この世界は次期にあのお方のものになるのだからな。さあ、先ずは貴様らを我が王の贄としてやろう」

 やはり答える気はないらしい。それに向こうは既に臨戦態勢に入っている。

「仕方ない。少々痛めつけてやるしかないか……。お前達、戦えるか?」

 カリナの問いにまともに答えるものはいなかった。情況的にもヤコフの両親を放っておくわけにもいかない。黒騎士に抱きかかえさせていた二人を降ろすと、その二体をカリナは自分の前方に配置する。

「全く戦えないとは言わないが、自分の命を省みないことにはなるだろうな」

「全くだ。こんな化け物と対峙しているだけで足が震えやがる」

 上級冒険者であるアベルもロックも、武器を構えて相手の出方を待つのに神経をすり減らしている。二人共それなりにこれまで修羅場は潜り抜けて来たつもりだったが、目の前にいる悪魔の圧力はこれまでに経験したことがないものだった。何もしていないのに汗が吹き出し、顔や全身を伝う。

「私達は無理よ。この二人の容態を見ないと、衰弱死してしまうわ!」

「一刻も早くこの場から撤退するべきです! ヤコフ君もいるんですよ!」

 エリアとセリナの判断は冷静で現実的だった。ヤコフの両親の状態も危ない。そして自分達が加わったところで、無駄な犠牲が増える可能性も高い。ヤコフを守るホーリーナイトがいるが、それを意識の外にして戦うのは危険なだけだと二人は判断したのだ。

「わかった。巻き込んだのは私だからな。お前達はヤコフの両親を連れて下がっていろ。私が一人でやる」

 カリナが目を閉じ集中すると、全身から魔力と闘気が激しく迸る。その光景を直ぐ後ろで見たアベルとロックは余りのオーラに慄いた。自分達よりも遥かに年下で小柄な少女が漲らせた闘気と魔力の渦に圧倒されたのである。

 この死者の迷宮に同行したのも、いざとなればこの少女と少年を担いででも撤退する必要があると思い込んでいた。それが現実はどうだ、目の前にいる少女はここにいる誰よりも闘争心を漲らせて、強大な悪魔に立ち向かおうとしている。このままここにいては自分達の方がこの少女の邪魔になるかもしれない。そんな思いが渦巻いたとき、セリナの声が響いた。

「二人共早く引いて! 私達がいたらカリナちゃんが全力を出せない可能性があるわ!」

「わかった……」

「すまねぇ……、ここは退かせてもらう。だがあの二人は絶対に助けるからな。だから死ぬんじゃねえぞ、カリナちゃん!」

 エリア達の下へと退いて行ったアベルとロックをちらっと見ると、改めて悪魔と向き合い、素手の格闘術の構えを取る。

「ほう、小娘。貴様一人で我とやるというのか? クカカカカッ、笑わせてくれる。だがその前に名乗らせてもらおう。我は悪魔侯爵が一人、イペス・ヘッジナ。偉大なる我が王に仕える者の一柱である。人間の小娘よ、貴様の名を聞いておいてやろう」

 恭しく頭を垂れて気品に満ちた挨拶をする異形の存在。彼らには悪魔とは言え、貴族としての矜持が存在する。そしてその気位の高さは序列の高さに比例する。それでも悪魔の矜持など、人間からすれば下卑た卑劣極まるものでしかないのだが。

 悪魔の侯爵は上から二番目の序列である。この世界に来てから斃した悪魔は子爵と伯爵。彼らよりも遥かに格上の存在に当たる。果たして今の自分の力で相対できるのか、カリナには疑問もあった。相手のステータスが見えないというのはゲームでの感覚とは明らかに異なる。だが、ここでこいつを見逃せば、或いは自分が負ければ、後ろにいる者達まで死に追いやるということに繋がる。だというのに、カリナの心は高揚感で溢れていた。

「私はカリナ。見ての通りの召喚士だ。侯爵イペス・ヘッジナと言ったか、私が勝ったら洗いざらい吐いてもらうぞ」

 カリナがそう言うと同時に黒騎士二体がイペスの巨体へと襲い掛かった。その大剣を両手に持った鎌で捌き、一体の黒騎士に向けて大鎌を振り被る。その一撃を大剣で防御したが、足元の地面がその衝撃に耐え切れずに崩れる。その隙を見逃さなかったイペスはその黒騎士の兜の右側に強烈な蹴りを放つと黒騎士は湖の中に吹き飛ばされた。もう一体の黒騎士の攻撃を大鎌で受けると同時に受け流し、カウンター気味に大鎌の切っ先が黒騎士の胴体を捉えた。残っていた黒騎士も湖の方へと吹っ飛ばされた。

「召喚士か、ならばこれでもう召喚体はいまい。勝負あったな」

 シルバーウイングの面々はヤコフの両親、剣士ジェラールと僧侶のクリアを運んで、この層に降りて来る階段の影にまで移動していた。衰弱状態の二人にエリアがライフポーションを飲ませ、セリナが気つけ薬を与えていた。そして悪魔との戦いを見ていたアベルにロック、ヤコフはシャドウナイトが二体共吹き飛ばされる瞬間を目にした。

「おいおい、あの黒騎士が……」

「マジかよ、何て強さだ。大丈夫なのかカリナちゃん……」

「……。大丈夫! カリナお姉ちゃんは僕を守ってくれるって約束してくれたんだ。絶対に負けないよ。お父さんとお母さんも助けてくれたんだから!」

 ヤコフが泣きながらも強く答えたのに対して、二人は「そうだな」と相槌を打った。

「今はカリナ嬢ちゃんを信じよう。我々はヤコフの両親を必ず助けなければ」

 黒騎士が二体共湖に吹き飛ばされたカリナだったが、召喚体を倒したと思い込んで粋がる悪魔に対して意を決して駆け出した。格闘術、瞬歩で一瞬の内に懐に潜り込むと、左手で捻りを入れた掌底をイペスの脇腹に捻じ込んだ。格闘術、龍掌底。一撃に見える掌底から二重三重と繰り出された衝撃波が悪魔の脇腹を抉った。

「ぐはあ、き、貴様! 何をした?」

 飛び退き後ろに距離を取るイペスの顔には、召喚体を潰されたのに素手で飛び込んで来た少女の意表を突いた奇妙な一撃に苦悶の表情が浮かんだ。

「軽く小突いただけだ。そういきり立つなよ」

 聖衣ドレスを纏っていない状態での悪魔との接近戦はこの姿では初だったが、カリナは「いける」という手応えを今の一撃で掴んだ。

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 聖衣の召喚魔法剣士   21  ミッション終了

     疲労で仰向けに倒れ込んだカリナは、まだ明るい空を見上げていた。VAOがゲームのときは、その中で身体を動かしても、実際には現実の身体を動かしてはいない。そのため、長時間のプレイで精神的に疲れることがあっても肉体に疲労感を感じることなどなかった。しかし、今のこの世界は現実世界と何ら変わりない。身体に感じる疲労感がそのことを物語っていた。「長時間の戦闘には気を付けないといけないな……」 攻撃を躱す時に擦り減る神経。接触した際に響く衝撃。敵を斬り裂き、殴り飛ばすときに感じるリアルな感触。どれもが僅かだが、少しずつ疲労を蓄積させる。ゲーム内でのステータスは見えないが、これまでに鍛え抜いたものがあるだけに、現実世界で急激な運動をしたとき程の負担がある訳ではないが、ある程度の自分の限界は見定めておくべきだと思うのだった。 深呼吸をしてから、ゆっくりと立ち上がる。身に纏っていた聖衣が解除され、ペガサスの姿に戻る。同時に二対の黄金の剣に姿を変えていた蟹のプレセペも元の姿に戻った。「ご苦労だったなお前達、また力を貸してくれ」 ペガサスの頭と巨大な蟹の背中を撫でる。「所詮は伯爵レベルよな。我の力があれば主も余裕であっただろう。では次の機会を楽しみにしているぞ」 大口を叩く巨蟹のプレセペ。二体の召喚獣は光の粒子に包まれて消えていった。その光が空へ向けて霧散していくのを見守っていると、魔物の討伐を終えたワルキューレの姉妹達が、カリナの下へ集結して来た。「主様、討伐完了致しました。目に着いた怪我人も我々が治療しておきました。燃えていた建物も、ミストの水魔法で消火済みです」 その場に跪いたヒルダが報告する。「そうか、よくやってくれた。感謝する。ありがとう。お前達の御陰で被害は少なくて済んだみたいだな」「私達を即座に現場に送り込んだ主様の判断の御陰ですよ。私達は任務を熟したに過ぎません」 黒髪のロングヘアが美しいカーラが答える。「それに私達にはそれぞれ得意な属性があります。それを上手く分担したまでですよ」 金髪のエイルが胸を張った。 ワルキューレまたはヴァルキュリャ、ヴァルキリー「戦死者を選ぶもの」の意は、北欧神話において、戦場で生きる者と死ぬ者を定める女性、及びその軍団のことである。 北欧神話において、ワルキューレは多数存在する。みな女性

  • 聖衣の召喚魔法剣士   20  襲撃

     悪魔が炎によって燃え尽きたのを見届けると、カリナはカシューに連絡を取った。「聞こえていたか、カシュー?」「うん、どうやら色々と考察する余地がありそうだね」 イヤホンの向こうから、真剣なカシューの声が聞こえる。「先ずは奴の言っていたことが気にかかる。近くの街はチェスターだ。情報通りならそこに悪魔が向かっていることになる。私は急いで戻る。そっちからも援軍を出してくれないか?」「わかった、戦車部隊に戦力を乗せて全速力で向かわせるよ。それなりの距離だから間に合うか微妙だけどね」「頼んだ。とりあえず一旦切るぞ」「了解、また何かあればよろしく」 カシューの返答を聞いてから、左耳のイヤホンに注いでいた魔力を切った。急いで街に戻らなければならない。意識を切り替えて、真眼と魔眼の効果を解除した。聖衣が身体から外れて、黄金の獅子のカイザーの姿へと戻る。「お見事でした、我が主よ」「いや、お前の力がなければ危なかったよ。ありがとう、また呼んだときは頼んだぞ。ゆっくり休んでくれ」 光の粒子になってカイザーは消えていった。そして湖の中から自動回復した黒騎士達が戻って来た。ヤコフの両親を運ぶのはこの騎士達に任せるとするかと考えていたとき、背後からシルバーウイングの面々が押しかけて来た。「やったな、まさか本当に悪魔を斃してしまうとは」「ああ、すげーぜ! こっちまで興奮してきた」 アベルとロックは単独で悪魔を撃破した少女に称賛の言葉を贈る。「ええ、召喚術ってすごいのね。しかもあの召喚獣を身に纏う戦い方なんて初めて目にしたわ」「しかも結局格闘術だけで押し切ってしまいましたね。魔法剣を使うまでもなかったということでしょうか?」 エリアとセリナも興奮が抑えきれないのか、矢継ぎ早に話しかけて来る。「あれは聖衣という召喚獣の力をその身に纏う鉄壁の鎧だ。あらゆる能力が著しく向上する私の奥の手だよ。召喚獣との信頼関係がないと身に纏うことはできないけどな」 剣を使わなかったのは、格闘術だけでどこまでやれるかという実験でもあった。生身の拳では致命傷は与えられなかったが、それなりに戦えることがわかっただけでも、カリナにとっては大きな収穫になった。「そうだ、ヤコフの両親の容態はどうなってる?」「出来る限りの治療はしたから一命は取り留めたわ。でもまだ意識

  • 聖衣の召喚魔法剣士   19  VS悪魔侯爵

     カリナの格闘術の一撃で怯んだ悪魔侯爵イペス・ヘッジナだったが、すぐさま体勢を立て直し、身体から黒い炎を撒き散らしながらカリナへと突進して来た。「おのれ、小娘がっ!」 振るった大鎌が空を斬る。カリナは大振りな悪魔の攻撃に意識を集中させ、瞬歩で即座に距離を取る。そこに生まれた一瞬の隙の間に懐に飛び込み、右拳での一撃をどてっ腹の中心部に撃ち込んだ。格闘術、烈衝拳。土属性の魔力を纏った、まるで鋼鉄の様に硬化された拳の一撃。悪魔の赤黒い鎧に僅かに亀裂が走る。 カリナは召喚術が実装されるまでは基本的に剣術と格闘術を中心に熟練度を上げていた。そこへ剣技の威力を上げるために魔法を習得した。魔法剣の習得は魔力の底上げとなった。それの副次効果で、魔力を帯びた特殊な格闘術の技能も全般的に威力を向上させることに成功したのである。「がはっ、何だ……? この威力は?!」「だから言っただろう。小突いただけだとな」「小癪なっ!」 力任せの大振りの鎌を瞬歩を使用して紙一重で躱す。そのまま一気に巨体の股の下を潜り抜けて後ろを取ると、背後から風の魔力を纏った左脚での回し蹴りを見舞った。格闘術、烈風脚。悪魔の背にある翼の付け根に繰り出した蹴りが撃ち込まれる。「がああっ!」 竜巻の如き強烈な蹴りに悪魔は仰け反るが、すぐさま持ち直し、黒炎を撒き散らしながら突進して来る。 イペスの攻撃は大振りで読み易いということを既にカリナは見抜いている。しかし、それでもその巨体から繰り出される攻撃は異常な破壊力を秘めており、一撃でもまともに喰らえばかなりのダメージを負うだろう。最悪骨の数本は持っていかれる。一撃も貰うわけにはいかない。スレスレで回避する度に神経が擦り減っていく。「があああっ!」 上段から大鎌を振り被った渾身の一撃を敢えて前方に踏み込み、懐に入るようにして躱す。そのまま空振りをした硬直状態の悪魔の身体を駆け上がり、眼前で左拳を振り被る。「格闘術、紅蓮爆炎拳!」 ドゴオオオオオオッ!!! 炎の魔力を纏った高熱の拳が炸裂すると同時に頭全体を巻き込んで爆発した。衝撃で痺れる拳の代わりに、悪魔は後方へと後退る。「ぐはあああああっ!」 それでもまだこの悪魔侯爵は倒れない。やはり高位の悪魔だけあって相当に打たれ強く頑強であ

  • 聖衣の召喚魔法剣士   18  地底湖にて

    「あ、戻って来た。カリナちゃーん!」 死者の間の祭壇から帰還して来るカリナを見つけたエリアは、カリナの方へ向かって手を振った。「もう用事は済んだのか?」 ロックは口に何かを入れた状態で、手にはサンドイッチが乗せられている。「ああ、一応な。ってなんだ、食事中だったのか」 持ち込んだ食材をセリナとアベルが料理している。それをヤコフを含めた他の面々が食べているところだった。エリアもアイテムボックスから次の食材を取り出しているところだった。NPCであっても冒険者はアイテムボックスを使うことができるのかということをカリナは初めて知った。 確かにこの迷宮に挑むとき、彼らは大した荷物を持っていなかった。それはこういうことだったのかとカリナは得心した。「食事は簡単なものだが、一応拘ってやっているんだ。冒険中には腹が空くこともある。食べるってのは活力を回復させるのには一番だからな」「そういうこと。まあそんなに手の込んだ料理は作れないけどね」 アベルとセリナは起こした火の上で薄い肉や野菜を焼いて、それをパンに挟んでいる。最初にロックが手にしていたのはこれだったのかとカリナは知った。そう言えば、もう迷宮に入ってそれなりの時間が経つ。昼を回っている頃だ。カリナは自分も多少小腹が空いていることに気付かされた。「ほら、カリナ嬢ちゃんも食べな。飲み物はお茶を沸かしてある」「そうだな、お前達が食べているのを見ていたら小腹が空いて来た。じゃあ頂こうかな」 アベルからサンドイッチとお茶を受け取り、地べたに座り込む。簡単な食事だが、活力が湧いて来るのを感じる。現実の冒険であれば当然のことだが、途中で補給を行う必要がある。VAOがゲームのときにはなかった現実的な問題である。これも世界が変わった影響で、今後もこういった発見があると思うと、カリナは内心ワクワク感が湧き上がって来るのを感じた。「ヤコフ、ちゃんと食べているか?」「うん、さっき貰ったから食べたよ。美味しかった」「そうか、良かったな」 魔物をヒルダが一掃したので、辺りにはもう何の気配もない。時間が経てばリポップすることになるのだろうが、暫くは問題ないだろう。渡されたカップに注がれたお茶を啜りながらカリナはそう思った。 食事を終え、少し休憩した後、一同は地底湖のある階層に進むことに決めた。普段は何も出現しない、鍾乳洞

  • 聖衣の召喚魔法剣士   17  死者の間

     迷宮の扉を開けて中へと入ると、地下へと続く広い通路に階段がある。そこを降って行くと迷路の様に広がる巨大な階層へと到達した。 VAOの頃からこの迷宮は地下7層まである。その下には地底湖が広がっていて調度良い休憩場所にもなっていた。そして7層にある死者の間には巨大な鏡があり、そこでは死者に会えるという設定があった。ゲームの頃にはただの設定だったが、今や現実となったこの世界では、本当に死者に会えるのかも知れない。カリナの目的の一つは、その鏡の前で過去に死に別れたある女性との再会が可能かどうかを確かめることだった。 一行が迷宮を進んで行くと、前方から魔物の気配が近づいて来た。「おいでなすったぜ、死者の迷宮の定番。グールにスケルトンだ」 ロックがそう言って二刀のナイフを抜く。他のメンバーも戦闘の準備に入り、襲い来る魔物達をなぎ倒していくのだが、カリナは後方でヤコフの側に白騎士を待機させて眺めていた。「張り切っているなあ。このままでは私の出番はないかもしれない」「カリナお姉ちゃんも戦いに参加したいの?」「うーん、あのぐじゅぐじゅしたアンデッドに関わりたくはないのが本音かな……。できれば触りたくない、臭い」 現実となった世界では、この死者の迷宮内部の腐臭は酷いものだった。鼻がひん曲がりそうである。アンデッドが湧き続ける限り、この悪臭が続くのかと思うと、気が遠くなりそうになった。それにこのまま素直に正攻法で攻略していては時間がかなりかかりそうである。ヤコフの両親の安否も気になるため、カリナは一気にこの迷宮の魔物を掃除することに決めた。 その場で両手を広げ、魔法陣を展開させて詠唱の祝詞を唱える。「遥かヴァルハラへと繋がる道を護る者よ、炎を纏う戦乙女よ、その姿を現せ!」 重ねた魔法陣が地面へと移動し、そこから白いロングスカートに全身鎧を身に纏った戦乙女、ワルキューレが姿を現した。「お久し振りでございます、主様。ワルキューレ、ヒルダ。ここに参上致しました」 戦闘を終えて戻って来たシルバーウイングの面々も初めて見る召喚魔法とその召喚体の美しさに目を奪われている。「ああ、久し振りだな。どうやら長い時間お前達を放置してしまったみたいだ。申し訳ない。いつの間にか時が流れていたみたいでな」「いえ、こうしてまた呼んで頂き光栄でございます。さて、此度の御用は如何なもの

  • 聖衣の召喚魔法剣士   16  死者の迷宮へ

     宿の女将さんに教えてもらった防具屋に着く。まだそれなりに早い時間帯だが、その店は既に営業を開始していた。入り口の扉に「OPEN」と書かれた札が掛けられている。カリナがヤコフを連れて店に入ると、店の店主が声を掛けて来た。「おや、いらっしゃい。こいつは可愛らしいお客さんだ。もしかして冒険者なのかい?」 店主はどうやらドワーフのようで、恰幅の良い体格、言い換えればずんぐりとした小柄の体格に顔には立派な髭を蓄えていた。手先が器用な種族で鍛冶や生産などにその能力を発揮する。ゲームプレイヤーなら誰もがある程度は知っている知識である。 その店主は、まだ幼さが残る少女が小さな子供を連れて来たので驚いたのだろう。「おはよう。店主、済まないがこの子に合う防具を見繕ってくれないだろうか?」「まあ、客の要望だから応えさせてもらうが……。こんな子供を冒険にでも連れ出すつもりなのかい?」「少々訳ありでな。この子のことは私が守る約束だが、万が一に備えてね。どうかな?」「ふむ、客の事情には深入りはせん主義だ。子供でも着れる軽い装備を準備しよう」「話が早くて助かるよ」 店主はヤコフの身体をごつい手で掴み、素早く寸法を測り終えると、身体に合うサイズの軽いレザーアーマーを着せてくれた。頭にもなめし皮で作られた頑丈な皮の帽子の様な兜を被せた。さすがドワーフだけあって、皮の製品であっても硬く、防御性能は高そうである。この装備に依存する展開が来ないことが一番だが、念には念を入れてのことである。「これでどうだ? ウチでは一番小さいサイズだが、かなり硬くなめした皮で作っているから、多少の攻撃ではびくともしないはずだ」 鎧と帽子を身に付けたヤコフが鏡の前で自分の姿を見て確かめている。「すごいね、これ。硬いのに軽いから着ていても全然苦しくないよ」「そうか、ならそれにしよう。店主、値段は幾らだろうか?」「そうだな、本当は二つ合わせて8,000セリンだが、サイズが合う人間がいなくてな。もう売れないと思っていたから5,000に負けておくよ。それでどうだ?」「わかった、それで十分だよ。ありがとう」 カリナが代金を払うと、店主から「まいどあり」という言葉が返って来た。こういう店での定番のやり取りである。「良い買い物ができた。また機会があれば寄らせてもらうよ」「おう、気を付けて行ってきな」

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status