เข้าสู่ระบบ「あ、戻って来た。カリナちゃーん!」
死者の間の祭壇から帰還して来るカリナを見つけたエリアは、安堵の表情で手を振った。
「もう用事は済んだのか?」
ロックは口に何かを入れた状態で、手にはサンドイッチが乗せられている。
「ああ、一応な。ってなんだ、食事中だったのか」
持ち込んだ食材をセレナとアベルが手際よく料理している。それをヤコフを含めた他の面々が食べているところだった。エリアもアイテムボックスから次の食材を取り出しているところだった。
元NPCであっても冒険者はアイテムボックスを使うことができるのかということをカリナは初めて知った。確かにこの迷宮に挑むとき、彼らは大した荷物を持っていなかった。それはこういうことだったのかとカリナは得心した。
「食事は簡単なものだが、一応拘ってやっているんだ。冒険中には腹が空くこともある。食べるってのは活力を回復させるのには一番だからな」
「そういうこと。まあそんなに手の込んだ料理は作れないけどね」
アベルとセレナは起こした火の上で薄い肉や野菜を焼いて、それをパンに挟んでいる。香ばしい肉の焼ける匂いが、アンデッドの腐臭を一時的に忘れさせてくれる。そう言えば、もう迷宮に入ってそれなりの時間が経つ。昼を回っている頃だ。カリナは自分も多少小腹が空いていることに気付かされた。
「ほら、カリナ嬢ちゃんも食べな。飲み物はお茶を沸かしてある」
「そうだな、お前達が食べているのを見ていたら小腹が空いて来た。じゃあ頂こうかな」
アベルから熱々のサンドイッチとお茶を受け取り、地べたに座り込む。簡単な食事だが、活力が体の芯から湧いて来るのを感じる。現実の冒険であれば当然のことだが、途中で補給を行う必要がある。VAOがゲームのときにはなかった現実的な問題である。これも世界が変わった影響で、今後もこういった発見があると思うと、カリナは内心ワクワク感が湧き上がって来るのを感じた。
「ヤコフ、ちゃんと食べているか?」
「うん、さっき貰ったから食べたよ。美味しかった」
「そうか、良かったな」
魔物をヒルダが一掃したので、辺りにはもう何の気配もない。時間が経てばリポップすることになるのだろうが、暫くは問題ないだろう。渡されたカップに注がれたお茶を啜りながらカリナはそう思った。
食事を終え、少し休憩した後、一同は地底湖のある階層に進むことに決めた。普段は何も出現しない、鍾乳洞の氷柱が神秘的な地底湖である。だが、まだヤコフの両親は見つかっていない。カリナはこの下に必ず何かがあるに違いないと、気を引き締めた。湿った冷気と共に、カビと水の匂いが混ざった独特の空気が漂う。階段を降りて来た先には小さな地底湖が中心にあるエリアだ。小さいとは言え、水たまり程度ではない。それなりの大きさがあり、暗い水面はどこまでも深く続いているように見える。
ホーリーナイトにヤコフの守護を命じて、探知スキルを発動させる。するとやはり反応がある。三つの反応があったが、その内二つの反応はやけに弱々しく、今にも消え入りそうだ。
「探知に反応がある。反応は三つ。だが二つはかなり弱っている反応だ。……気を付けろ、何かが潜んでいるぞ」
「この付近を調べましょう。確かに何かの気配を感じるわ」
エリアの声に緊張が走り、一同は周囲を警戒し始める。カリナは探知の反応があった湖の岸辺付近、その中で一番反応が大きく、そして禍々しい気配を放つ何者かに向けて、魔法で氷の
「やはり来たか……。それなりの実力がある冒険者がこの迷宮のアンデッド如きに後れを取ることなど早々ないからな」
水面が盛り上がり、浅瀬の中からゆっくりと浮上する巨大な黒い影。5mはありそうな体躯を覆う赤黒い甲殻のような鎧。背中からはコウモリの様な不気味な飛膜の翼が広げられ、水滴を弾く。赤くギラついた両目に大きく裂けた口には何本もの鋭利な牙が並ぶ。そして何より側頭部からは天を突くように伸びた鋭い二対の角。両手には人の身の丈程もある巨大な死神の鎌を手にした異形の姿。悪魔である。
「な、そんな、なんでこんなところに……!」
ロックが驚愕の声を上げる。悪魔が体から発する、肌を刺すような禍々しい魔力のオーラに気圧されたのだ。
「なんて重厚でどす黒い魔力……。これが悪魔なの?」
「噂には聞いていましたが、本物を見るとさすがに恐ろしくなりますね……」
「ちっ、なんて威圧感だ。空気が重たい」
悪魔の魔力の圧に当てられたシルバーウイングの面々は腰が引け、後退る。だが、そんなものは物ともせず、カリナが一歩前に出て問いかける。
「貴様はここで何をしている。ヤコフの両親を何処へやった?」
此方の反応を一頻り観察した悪魔が、醜悪な笑みを浮かべてその口を開く。
「クカカカカ、またしても生きのいい人間共が現れるとは。これは僥倖。して、小娘よ、貴様の言う者達とはこいつらのことか?」
悪魔が指を弾くと、地面の中から影でできている様な黒い泥の手が無数に伸び、それに縛られた二人の大人の冒険者がずずずと浮かび上がって来る。剣士の男性と僧侶の法衣に身を包んだ女性である。影の手が脈打ち、彼らの身体から少しずつ精気を奪っている。カリナはあの腕が
「悪趣味な……」
カリナは悪魔との邂逅とその下卑たやり口に憤りを覚えたが、すぐさま冷静になり、左耳の魔法イヤホンに魔力を注いだ。カシューと連絡を取るためである。
「聞こえるか、カシュー?」
『ちゃんと聞こえてるよ、どうしたんだい? どうやら緊迫した状況のようだね』
「細かい話は聞きながら推察してくれ。悪魔と接敵した。なるべく情報を聞き出す。口は出さずに聞くことに専念してくれ」
『了解した』
カシューは此方の状況を理解すると、口を出さないように切り替えた。カリナとのやり取りから少しでも悪魔の情報を引き出すためである。
「生きのいい人間を襲っているようだが、何が目的だ? まあいい、先ずはその二人を返してもらうぞ」
指先だけで二人の足元にシャドウナイトを二体召喚すると、その黒い大剣がライフ・スティールの魔法の腕を一閃のもとに斬り裂く。そして落下して来た二人を抱きかかえると、黒騎士達は瞬時にカリナの後方へと帰還して来た。
「速い! 何という鮮やかさだ」
「感心するのは後よ、ジェラールさん達を助けないと!」
構えを崩さないアベルの後ろで、エリアとセレナは黒騎士が抱えている二人の容態を観察する。顔色は土気色で呼吸も浅い。極度の衰弱状態だ。このまま治療しなければ衰弱死する可能性が高い。
「カカカッ、ほう……こいつは面白い。我の魔法から一瞬で二人共救出するとは。折角我が王への贄にしてやろうと思っていたのだがな」
「贄だと? 我が王とは誰だ? 貴様は何のために人間をここで待ち伏せていた?」
少しでも情報を聞き出すために、カリナは時間を稼ぐ。
「まあいい、貴様らを全て贄とすれば我が王も喜びになろう。先ずは小娘、貴様から我の相手になるとでもいうのか?」
「ちっ」
会話が上手く成立しない。やはり悪魔との意思疎通は難しいのかもしれない。
「もう一度問う。貴様の言う王とは誰のことだ?」
「カカカ、小娘よ、貴様が知る必要などない。この世界は次期にあのお方のものになるのだからな。さあ、先ずは貴様らを我が王の贄としてやろう」
やはり答える気はないらしい。それに向こうは既に臨戦態勢に入っている。膨れ上がる殺気が肌を焼くようだ。
「仕方ない。少々痛めつけてやるしかないか……。お前達、戦えるか?」
カリナの問いにまともに答えるものはいなかった。情況的にもヤコフの両親を放っておくわけにもいかない。黒騎士に抱きかかえさせていた二人を降ろすと、その二体をカリナは自分の前方に配置する。
「全く戦えないとは言わないが、自分の命を省みないことにはなるだろうな」
「全くだ。こんな化け物と対峙しているだけで足が震えやがる」
上級冒険者であるアベルもロックも、武器を構えて相手の出方を待つのに神経をすり減らしている。二人共それなりにこれまで修羅場は潜り抜けて来たつもりだったが、目の前にいる悪魔の圧力はこれまでに経験したことがない、生物としての格の違いを見せつけられるものだった。何もしていないのに冷や汗が吹き出し、顔や全身を伝う。
「私達は無理よ。この二人の容態を見ないと、衰弱死してしまうわ!」
「一刻も早くこの場から撤退するべきです! ヤコフ君もいるんですよ!」
エリアとセレナの判断は冷静で現実的だった。ヤコフの両親の状態も危ない。そして自分達が加わったところで、無駄な犠牲が増える可能性も高い。ヤコフを守るホーリーナイトがいるが、それを意識の外にして戦うのは危険なだけだと二人は判断したのだ。
「わかった。巻き込んだのは私だからな。お前達はヤコフの両親を連れて下がっていろ。私が一人でやる」
カリナが目を閉じ集中すると、全身から黄金色の魔力と白銀の闘気が激しく迸る。その光景を直ぐ後ろで見たアベルとロックは余りのオーラに慄いた。自分達よりも遥かに年下で小柄な少女が漲らせた闘気と魔力の渦に、悪魔の瘴気が押し返されたのだ。
この死者の迷宮に同行したのも、いざとなればこの少女と少年を担いででも撤退する必要があると思い込んでいた。それが現実はどうだ、目の前にいる少女はここにいる誰よりも闘争心を漲らせて、強大な悪魔に立ち向かおうとしている。このままここにいては自分達の方がこの少女の邪魔になるかもしれない。そんな思いが渦巻いたとき、セレナの声が響いた。
「二人共早く引いて! 私達がいたらカリナちゃんが全力を出せない可能性があるわ!」
「わかった……」
「すまねぇ……、ここは退かせてもらう。だがあの二人は絶対に助けるからな。だから死ぬんじゃねえぞ、カリナちゃん!」
エリア達の下へと退いて行ったアベルとロックをちらっと見ると、改めて悪魔と向き合い、素手の格闘術の構えを取る。
「ほう、小娘。貴様一人で我とやるというのか? クカカカカッ、笑わせてくれる。だがその前に名乗らせてもらおう。我は悪魔侯爵が一人、イペス・ヘッジナ。偉大なる我が王に仕える者の一柱である。人間の小娘よ、貴様の名を聞いておいてやろう」
恭しく頭を垂れて気品に満ちた挨拶をする異形の存在。彼らには悪魔とは言え、貴族としての矜持が存在する。そしてその気位の高さは序列の高さに比例する。それでも悪魔の矜持など、人間からすれば下卑た卑劣極まるものでしかないのだが。
悪魔の侯爵は上から二番目の序列である。この世界に来てから斃した悪魔は子爵と伯爵。彼らよりも遥かに格上の存在に当たる。果たして今の自分の力で相対できるのか、カリナには疑問もあった。相手のステータスが見えないというのはゲームでの感覚とは明らかに異なる。だが、ここでこいつを見逃せば、或いは自分が負ければ、後ろにいる者達まで死に追いやるということに繋がる。だというのに、カリナの心は恐怖ではなく、武震いのような高揚感で溢れていた。
「私はカリナ。見ての通りの召喚士だ。侯爵イペス・ヘッジナと言ったか、私が勝ったら洗いざらい吐いてもらうぞ」
カリナがそう言うと同時に、配置していた黒騎士二体がイペスの巨体へと襲い掛かった。その大剣による連撃を、イペスは両手に持った鎌で軽々と捌く。そして流れるような動きで一体の黒騎士に向けて大鎌を振り被る。その一撃を大剣で防御したが、足元の地面がその衝撃に耐え切れずに崩れる。その隙を見逃さなかったイペスはその黒騎士の兜の右側に強烈な蹴りを放つと、黒騎士は弾丸のように湖の中に吹き飛ばされた。
もう一体の黒騎士の攻撃を大鎌の柄で受けると同時に受け流し、カウンター気味に大鎌の切っ先が黒騎士の胴体を捉え、抉る。残っていた黒騎士も、屑籠に放り込まれるゴミのように湖の方へと吹っ飛ばされた。
「召喚士か、ならばこれでもう召喚体はいまい。勝負あったな」
イペスが勝利を確信し、嗤う。
シルバーウイングの面々はヤコフの両親、剣士ジェラールと僧侶のクリアを運んで、この層に降りて来る階段の影にまで移動していた。衰弱状態の二人にエリアがライフポーションを飲ませ、セレナが気つけ薬を与えていた。そして悪魔との戦いを見ていたアベルにロック、ヤコフはシャドウナイトが二体共吹き飛ばされる瞬間を目にした。
「おいおい、あの黒騎士が……」
「マジかよ、何て強さだ。大丈夫なのかカリナちゃん……」
「……。大丈夫! カリナお姉ちゃんは僕を守ってくれるって約束してくれたんだ。絶対に負けないよ。お父さんとお母さんも助けてくれたんだから!」
ヤコフが泣きながらも強く答えたのに対して、二人は「そうだな」と相槌を打った。
「今はカリナ嬢ちゃんを信じよう。我々はヤコフの両親を必ず助けなければ」
黒騎士が二体共湖に吹き飛ばされたカリナだったが、召喚体を倒したと思い込んで粋がる悪魔に対して、一切の動揺を見せず、意を決して駆け出した。格闘術、
「ぐはあ!? き、貴様! 何をした!?」
飛び退き後ろに距離を取るイペスの顔には、召喚体を潰されたのに素手で飛び込んで来た少女の、意表を突いた奇妙かつ強烈な一撃に苦悶の表情が浮かんだ。
「軽く小突いただけだ。そういきり立つなよ」
カリナはふてぶてしく笑って見せる。
「うわぁ、凄い流れですにゃ。落ちたら溺れるにゃ」「泳いでいくしかなさそうだな。だが……」 カリナは自身の服――メイド隊が丹精込めて作った猫耳フードのローブを見た。この激流に服を着たまま飛び込めば、水の抵抗で動きが鈍るし、何よりこの服が台無しになってしまう。ルナフレアは「側付き」としてカリナに尽くしてくれているが、その愛が重い分、服を粗末に扱うと後が怖い気がする。「脱ぐぞ、隊員」「へ? ここでですかにゃ?」「ああ。濡れた服は重りになる。それに服をダメにしたらルナフレアに何を言われるか分からん」 カリナは躊躇なくローブとインナーを脱ぎ捨て、全裸になると、それらを素早く畳んでアイテムボックスに放り込んだ。隊員も自分の装備をしまう。「しっかり掴まってろよ!」「はいにゃ!」 カリナは裸のまま隊員を胸に抱くと、助走をつけて暗い水面へと躍り出た。 バッシャァァンッ!! 突き刺すような冷たさが全身を包む。流れは速いが、カリナの身体能力ならば制御不能というほどではない。彼女は水流に身を任せつつ、出口を目指して激流に流され続けた。 ◆◆◆ 数十分後。暗い水路の先に光が見え、カリナ達は勢いよく外の世界へと吐き出された。 ザバァァァッ! 顔を出したのは、世界樹の森の一角にある静かな泉だった。結界の外に出たようだ。カリナは浅瀬に上がり、濡れた髪をかき上げた。太陽の光が濡れた肢体を照らし、水滴が真珠のように白い肌を滑り落ちる。「ぷはぁ、冷たかったな。風邪を引く前に拭かないと」 アイテムボックスからバスタオルを取り出し、隊員と自分の水気を拭き取っていると――不意に背後の茂みが揺れ、人の気配がした。「……誰だ」 カリナはタオルで身体を拭きつつ、鋭い視線を向ける。そこに立っていたのは、深緑のローブを目深に被り、顔を隠した男だった。男は一瞬息を呑み、呆然とカリナを見つめていたが、やがて低い声で尋ねてきた。「……お前は、精霊か?」 森の奥深く、清らかな泉に佇む全裸の美少女。その神秘的な光景に、男は人ならざるものを見たような錯覚を覚えたようだった。だが、カリナは冷静に首を横に振る。「いや、私は冒険者だ」「隊長は最強の召喚士にゃ、控えおろうにゃ」「……そうか。すまない、あまりにも精霊のように美しかったもので、見間違えたようだ」 男はフードの下でバツが悪
一夜明け、ザラーの街に清々しい朝が訪れた。窓から差し込む陽光に目を細めながら、カリナはベッド脇の例の「メイド隊からの衣装」セットの二つ目を取り出した。「……さて、今日の『着せ替え』はなんだ?」 恐る恐る広げたその衣装を見て、カリナは天を仰いだ。「あいつら……本当に森に行く気があるのか?」 そこに入っていたのは、白を基調とし、鮮やかな黄緑と黄色のリボンやフリルがあしらわれた、体のラインが出るタイトなローブ。しかもフードには、ふっくらとした「猫耳」がついている。インナーは紫に白と黒のデザインが施されたシックなワンピースだが、足元はガーターベルト付きの白いニーハイソックスに、黒地に白いラインが入ったショートブーツという、絶対領域を強調するような組み合わせだ。「防御力と動きやすさは最高級の素材らしいが……この猫耳は必要なのか? 完全にコスプレじゃないか」 ブツブツ文句を言いつつも着替えて鏡の前に立つと、そこにはあざといほどに可愛い「猫耳魔法少女」が完成していた。悔しいが、サイズも完璧だ。「ま、誰も見てない森の中だ。我慢するか」 フードを被って猫耳をピコピコさせながら、身だしなみを整えて隊員と共に階下へ降りる。「おはようございますにゃ、隊長。今日もバッチリ可愛いですにゃ」 「うるさい。行くぞ」 食堂に降りると、女将さんが満面の笑みで駆け寄ってきた。「おはよう、英雄さん! 昨日はあんたのおかげで、夜遅くまで祝杯を挙げる客で大忙しだったよ! 街を救ってくれて本当にありがとうねぇ」「いや、私はただのきっかけだ。皆が頑張ったからだよ」「謙虚だねぇ。さあ、今日はサービスで特盛にしておいたよ! しっかりおあがり!」 出された朝食は、厚切りのベーコンエッグに、山盛りのサラダ、そして焼きたてのパンと具沢山のスープ。カリナと隊員は感謝してそれを平らげ、エネルギーを充填した。 宿を出て、人目が少ない場所でペガサスを召喚する。カリナは猫耳フードを抑えながら天馬に跨り、北西の空へと舞い上がった。 ◆◆◆ ザラーの街を離れ、しばらく飛ぶと、眼下の景色は荒野から深い緑へと変わっていった。 『世界樹の森』。 その名の通り、視界の果てまで続く樹海だ。そしてその遥か彼方には、雲を突き抜けるほど巨大な一本の樹――世界樹が鎮座している。「でかいな……。遠近感がお
「うおおおおおおっ!! 勝ったぞぉぉぉぉ!!」 「我々の勝利だ! アレキサンド万歳! 緑の戦女神、万歳!」 総裁バズズが燃え尽き、残った魔物の群れが霧散したのを見届けた瞬間、砦に詰めていた騎士達や冒険者達から、大地を揺るがすような歓声が爆発した。彼らは武器を放り出し、兜を脱ぎ捨てて、戦場の中心で悪魔の素材を回収していたカリナの元へと駆け寄ってくる。「すげえ……本当に一人で、軍勢ごと悪魔を倒しちまったぞ……!」 「なんて強さだ、それに近くで見ると本当にお人形さんのように可愛らしい……!」 「あの細い腕のどこにあんな力が……。まさに戦場に降り立った女神だ!」 血と土埃にまみれたむさ苦しい男達が、キラキラした尊敬の眼差しでカリナを取り囲み、口々に称賛を浴びせる。その中心で、カリナの肩に乗ったケット・シー隊員は、ふんぞり返るように胸を張り、これ以上ないほどのドヤ顔を晒していた。「ふっふーん! 見たのにゃお前達! これが隊長の実力にゃ! もっと褒めて、もっと崇めるにゃ!」 まるで自分が倒したかのような態度だが、誰もそれを咎めない。むしろ「何だこの猫可愛いな」と頭を撫でられ、満更でもなさそうだ。 一方、当のカリナは居心地が悪そうに頬を掻いた。「いや、戦乙女とか女神とか、そういうのは止めてくれ。私はただの冒険者だよ」「ご謙遜を! 貴女様は今日、間違いなくこのザラーの街を、いや、アレキサンドの危機を救って下さったのです!」 指揮官を務めていたアレキサンドの騎士団長らしき男が、カリナの前に進み出て最敬礼をした。「この武功、必ずや本国のアレキサンド国王陛下にご報告致します。貴女様のような英雄が訪れてくれたとなれば、陛下も大層お喜びになるでしょう。是非いつか、王都へもお越しください。国を挙げて歓迎致します!」「あ、ああ……機会があればな」 熱烈な歓迎ぶりに、カリナはタジタジだ。このままでは胴上げでもされかねない雰囲気を感じ取り、カリナは素早く空を見上げた。「では、私は報告があるから戻る。後は任せるよ」「はっ! この御恩は忘れません! 緑の戦乙女に栄光あれ!」「戦乙女に栄光あれ!!」 数百人の兵士達が一斉に剣を掲げ、勝鬨を上げる。その熱狂的な声を背に受けて、カリナは再びペガサスを召喚し、隊員と共に空へと舞い上がった。 太陽はまだ高く、まぶしい日差しが照り
ヒースの部屋を出てロビーに戻ると、そこは殺気立った空気に包まれていた。 負傷している者、装備を点検して飛び出していく者。怒号と悲鳴が飛び交う中、数人の冒険者が地図を囲んで深刻な顔で話し合っているのが耳に入った。「南西の防衛線が危ない! 急造の砦を築いて凌いでいるが、魔物の数が多すぎる!」 「正規軍の騎士団も限界だ。このままじゃザラーまで雪崩れ込んでくるぞ!」 彼らの会話を聞いたカリナは、迷わず彼らの元へと歩み寄った。「その南西の砦、私が加勢に行こう」 凛とした声に、冒険者達が振り返る。だが、彼らの目に映ったのは、フリルたっぷりの緑のドレスコートを着た、深窓の令嬢のような美少女と、二足歩行の猫だった。「はぁ? なんだお嬢ちゃん、迷子か?」 「悪いが今は遊んでる場合じゃねぇんだ。お人形さんごっこなら他所でやってくれ」 男達は呆れたように手を振って追い払おうとする。無理もない。この血生臭い状況に、カリナの姿はあまりにも不釣り合いだった。「遊びじゃない。私は冒険者だ。その砦に向かうと言っているんだ」 カリナが出口へ向かおうとすると、男達が慌てて立ちはだかった。「おい待て待て! 死にに行く気か!?」 「そこはピクニックに行く場所じゃねぇんだぞ! そんなフリフリの恰好で戦場に行ってみろ、魔物の餌になるだけだ!」 「悪いことは言わねぇ、家に帰ってママのミルクでも飲んでな!」「隊長は凄いのにゃ! お前達こそ控えおろうなのにゃ!」 彼らは本気で心配し、必死に止めようとしている。根は良い奴らなのだろう。だが、今は一刻を争う。カリナは懐からAランクのギルドカードを取り出し、彼らの目の前に提示した。「忠告は感謝する。だが、心配は無用だ。私はAランク冒険者のカリナ。組合長ヒースからも直々に討伐の許可を得ている」 黄金色に輝くカードを見た瞬間、男達の顔色が変わり、ロビー中がどよめいた。「え、Aランク……!? この歳でか!?」 「ま、待てよ、カリナって……あのルミナス聖光国を救ったっていう、エデンの凄腕召喚士か!?」 噂はここまで届いていたらしい。彼らの表情が、驚愕から縋るような希望へと変わる。「あんたがあの英雄なのか……?! 俺達じゃどうにもなんねぇ数なんだ! 頼む、仲間達を助けてやってくれ!」「ああ、任された。吉報を待っていてくれ」「任せておくにゃ」
エデンを飛び立ち、ペガサスに乗って北西へ。眼下には雄大な景色が広がる。高度が上がるにつれ風は冷たくなり始めていたが、ペガサスの発する魔力の加護と、ルナフレアから渡された厚手のコートのおかげで、空の旅は快適そのものだった。 やがて右手遠くに、堅牢な城壁に囲まれた巨大な都市が見えてきた。無数の塔と城壁が幾重にも連なる、武骨ながらも美しい石造りの国。「あれが初期五大国の一つ、今の騎士国アレキサンドか……」 かつてゲーム時代、メインキャラであるカーズも、そしてこのサブキャラであるカリナも、冒険のスタート地点として選んだのがこの国だった。騎士や剣士など、物理防御と攻撃に特化した兵科を多く輩出する国。兄設定であるカーズがカシュー達とエデンを建国するずっと前、初心者時代に剣の腕を磨いた場所でもある。懐かしい景色に目を細めつつ、カリナはそこを通過し、さらに西へと進路を取った。 何度か地上に降りてペガサスを休ませ、隊員と軽食をとりながら進むうちに、太陽は西の地平線へと沈みかけ、空が紫と茜色のグラデーションに染まり始めた。「隊長、そろそろ日が暮れますにゃ。お腹も空いたにゃ」「そうだな。夜間の飛行は視界も悪いし、今日はこの辺りで宿をとろう」 カリナは眼下に見えてきた街の近くにペガサスを降ろした。労いの言葉と共に送還し、隊員を連れて徒歩で街の南門へと向かう。 見えてきたのは、高い石壁に囲まれた街。近づくにつれ、カリナは違和感を覚えた。記憶にあるここ「ザラーの街」は、ゲーム開始直後のプレイヤーが集まる、のどかで開放的な初心者用の街だったはずだ。 だが、目の前にあるのは、無数の傷跡が刻まれた分厚い城壁と、物々しいバリケード。100年という時は、平和だった始まりの街を、魔物の脅威に晒される最前線の拠点へと変貌させていたのだ。 石造りの門の前には、二人の兵士が立っていた。槍を持ち、アレキサンドの紋章が入った鎧を着ているが、その眼差しは鋭く、妙に殺気立っている。「止まれ。これより先はアレキサンド領ザラーの街だ。身分証の提示を」「ああ、冒険者だ」 カリナは首に掛けていたギルドカードを外し、兵士に手渡した。兵士は事務的な手つきでカードを受け取り、そこに刻まれたランクと名前を確認する。そして次の瞬間、その目が驚愕に見開かれた。「えっ……Aランク!? それに、名前はカリナ……
演習場での模擬戦は、カリナの圧倒的な勝利に終わった。リーサは完膚なきまでに叩きのめされたが、その表情は晴れやかだった。目の当たりにした召喚術の神髄に、彼女は心の底から感動していたのだ。 その後、一行は玉座の間へと移動した。カシュー王が玉座に腰を下ろし、エクリア、アステリオン、レミリア、そしてカリナとリーサがその前に並ぶ。騎士団の面々やルナフレアは、少し離れた場所で見守っていた。 カシュー王が威厳のある声で告げる。「これより、エルフの召喚士リーサを、エデン王国筆頭召喚術士カリナの代行として任命する」リーサは緊張した面持ちで、カシュー王の言葉に耳を傾ける。「リーサよ、カリナはエデンの特記戦力であり、その力は我が国の要である。しかし、彼女は多忙な身であり、常にこの地に留まることはできない。其方には、彼女の不在時にその力を代行し、エデンを守る重要な役割を担ってもらいたい」「ははっ、身に余る光栄にございます」 リーサは深く頭を下げ、カシュー王の言葉を承諾した。「カリナ、其方からも言葉をかけてやってくれ」 カシュー王に促され、カリナが前に出る。彼女はリーサを見つめ、静かに語りかけた。「リーサ、お前の実力は認める。だが、召喚術の道は険しい。決して慢心せず、精進を怠るなよ」「はい! 肝に銘じます、師匠!」「だから師匠はやめろと言っただろう」 カリナは苦笑しながらも、リーサの熱意を嬉しく思っていた。「リーサ、お前には期待している。エデンを、そして民を守るために、力を貸してくれ」「はい! この命に代えても、エデンをお守りします!」 リーサは力強く宣言し、カリナに忠誠を誓った。その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。 カシュー王は満足げに頷き、玉座から立ち上がった。「うむ。これにて任命式を終了する。皆の者、これからもエデンのために力を尽くしてくれ!」「はっ!」 玉座の間に、騎士達の力強い声が響き渡る。 こうして、エデンに新たな優秀な召喚士が加わった。リーサはカリナの代行として、そして一番弟子として、召喚術の道を歩み始めることとなる。 その後、カシュー王は皆を労い、祝宴が開かれることとなった。宴の席では、騎士達がカリナの武勇伝を語り合い、リーサも熱心に耳を傾けていた。 カリナはルナフレアにジュースのグラスを傾けながら、静かに呟いた。「これ